岡崎城 二の丸能楽堂。鏡板の松が見守るその舞台は、 音の反射から動線の設えまで、すべてが「身体が整う」方向に組まれています。 普段の部屋では、なかなか起こらない変化です。 橋掛りを渡り、本舞台に立つその瞬間から、身体は変わり始めます。
伊勢外宮の度會氏が伝え、その度會氏の神主・出口延佳が再興した度會神道の学び。 神代は遠い過去の神話ではなく、今この瞬間に現前している── そのことを、典籍の言葉と塾主の物語を通じて、 今日の自分のこととして受け取っていただきます。
能楽・狂言の身体技法から生まれた「肚の稽古」=和儀。 670年磨かれた技芸の核を、今日からの稽古としてお手渡しします。 頭で分かったことを、身体で知る。 すり足ひとつで、日本人の記憶が甦ります。
和儀(わぎ)は、狂言師・茂山千三郎先生が、能楽・狂言に伝わる身体技法をもとに生み出された稽古です。 日本人の肚(はら)を、現代の身体で取り戻すためのものです。 塾主、松浦は京都にて千三郎先生より「和儀」を学び、令和七年九月に師範の資格を得ました。中常塾の核プログラムとして位置づけています。
「理屈を学ぶ前に、まず動く」── 和儀は、そういう稽古です。 身体が知ったとき、肚が落ちます。
度會神道講義で「肚の道」を胸に受け止め、和儀稽古で身体に降ろします。 講義と稽古をセットで行うことで、初めて「肚に落ちる」体験が生まれます。
※ 時間配分は開催日により異なります。詳細は申込ページにてご確認ください。
和儀に少し触れただけでも心身が整ったような気がします。 すり足の効果が早速出て、「そそそそっと歩いてきた」と言われました。 少しおしとやかに見えたようで、嬉しかったです。
習った摺り足の姿勢をとって歩くと身体の深部が筋肉痛。 普段どれだけ中心の筋肉を使っていないか実感しました。
新緑の季節の中、能楽堂でのお稽古。 場の空気に触れるだけでも、貴重なひとときでした。 美しい所作、美しい佇まい、身につけたいなとしみじみ感じました。
日本文化に触れ、和儀、口伝。 伝える事の大切さ、伝える事の本質、日本人のしん、人としてのしん。 大変貴重な体験、また勉強になりました。有難うございます。
私自身が永らく「誰とも共有できなかった大切な価値観」として心に秘めていた内容と同じことが書かれており、感動いたしました。 神道、自分自身を信じてまっすぐ生きればよいのだ、と肚落ちいたしました。
永年心に引っかかっていた違和感がすっと溶けて、目から鱗でした。 300年以上前に説いて下さっていたとは! 開塾日に伺えて、光栄です。
古来、文化、根源を学び、軸を知り、力の源を解りやすく体験しました。 柔らかく教えて頂き、また体験出来た事、有難う御座いました。また参加させて頂きます。
柔らかなお言葉で、体験の出来ない世界を解りやすく伝えて頂き有難う御座います。 また参加させて頂きます。
自分軸を定め、潔いよい心を養う為に、和儀の稽古で肚を知る・つくる・練ることが 重要であるとのお話、違和感なくスッと心に入って参りました。素読を行い、さらに深めたいと思います。
「日本とは、日本人とは何なのか」── 数年前、漠然と私の頭の中に問いが沸きました。わかったようなわからないような、そんな感覚でいる所に参加して、今まで学んだ事が能楽という表現でギュッと詰まって形になっていました。
足裏を感じる。足指を感じる。踏ん張れる。しっかり立てている。自分の軸が解る。能楽堂で足袋を履き摺り足を体感した後の足裏の感覚は、とても感じやすくなりました。
能の舞台の意味を知った時、鳥肌が立ちましたよ。自分のからだの動きを一つひとつ確認しながら、見よう見まねで能舞台を歩きました。あのカラダの使い方は、小学校から取り入れるべき、なんて思いました。
一つひとつの所作において「肚」が大切であることを学びました。実際にやってみると想像以上に難しく、鍛える以前に、まずはこれまで身についた身体の癖や間違った使い方を整えることが必要なのだと実感しました。
講義では『中臣祓瑞穂鈔』の素読を行いました。和儀を体験した直後だったこともあり、身体感覚と結びついて内容をイメージしやすく感じました。気がつけば、あっという間に半日が過ぎていました。
2回目の受講ですが、通勤途中で摺り足をイメージして練習した成果が出たのか、「前回よりも上達してます」とのお言葉を頂きました。中級受講を目指し、これからも実践致します。
奥の深いお話と実技で、あっという間に終わってしまった感じです。また次回の講座にも参加申し込みしたいと思います。
岡崎城二の丸能楽堂、和儀にて。肚、勉強致しました。有難うございます。
マナーに何か繋がるものがあればと教えていただき、参加させていただきました。そもそも、能舞台に立てるなんて思ってもなかった。こんな機会をいただけたことに感謝。松浦先生は島根県出雲のご出身で、同じ山陰地方の出身。それだけでも、勝手にご縁を感じた一日でした。
日本人なのに、自分の国のことを何も知らずにいたのだと気付かされました。能舞台に立つことなど、なかなかできない体験もさせていただきました。これは一回限りではなく、何度も何度も学ぶ価値がある講座だと思いますので、また受講を申し込みたいと思います。
度會神道には和儀の教えと同じことが書かれておりますので、和儀のお稽古が「身体を使っての実践」、度會神道がその「エビデンス」では、と思っております。「忘れてしまった大切なこと」を取り戻そうとしているわけですから、いつか皆様にも必要としていただけるのは間違いないと思います。
度會神道は、伊勢外宮の度會氏が体系化した神道の流れです。 その度會氏の神主・出口延佳(1615-1690)はそれを再興した人物で、 「中常ノ道ヲ神道トセルノ深意」と述べています。
中常とは、天御中主神(あまのみなかぬしのかみ)=國常立尊の同躰異名です。 天の中心にある北極星のように、中心にして永遠、動かざる軸。 その道を「神道」と呼んだ延佳の言葉が、中常塾の名の根拠です。
中常塾の講義は、この古典の言葉を「今日の自分の肚の問題」として受け取ることを目指します。 神代は懐かしむものではなく、今この瞬間に現前している── その立場から、一緒に問い続けてまいります。
松浦茂樹(まつうら・しげき)
中常塾 塾主。2008年に度會神道と出逢い、以来探究を続けてまいりました。
京都にて狂言師・茂山千三郎先生より、先生が生み出された稽古「和儀」を学び、師範の資格を得ました。
父方は出雲族・登美氏の系譜に遡ります。伊雜宮を造営した伊佐波登美神と同族の血を引く者が、 神宮を丑寅で守る令和の岡崎で、度會神道と和儀を現代に継ぎます。
令和八(2026)年五月二十五日、中常塾を正式に開塾。 岡崎城 二の丸能楽堂にて定期的に講義・稽古を開催中です。
| 場所 | 岡崎城 二の丸能楽堂 愛知県岡崎市康生町561(岡崎公園内)。お車の方は、岡崎公園の駐車場か、国道1号線を渡った向かいの「りぶら」(岡崎市図書館交流プラザ)の駐車場をご利用ください。りぶらは館内の受付にある機械に駐車券を通すと、2時間までは無料になります 伊勢 世木神社 三重県伊勢市吹上1丁目2-6(伊勢市駅前)。令和八年十一月より、毎月一日に開きます(一月のみ十五日)。神社に駐車場はありません。お車の方はお近くの駐車場をお探しください(伊勢市駅のすぐ前なので、電車も便利です) |
|---|---|
| 内容 | 度會神道 講義 + 和儀 お稽古 各講義、稽古の単独受講も可。塾主おすすめは、相乗効果が最も高まる全受講。詳細は申し込みページにて |
| 定員 | 稽古:6名まで / 講義:14名まで定員に達し次第、受付終了 |
| 参加費 | 申込ページにてご確認ください |
| 持ち物 | 白足袋(必携) 能舞台には白足袋でしか立つことを許されていません。必ずご持参ください。動きやすい服装でお越しください 伊勢 世木神社の回は、講義のみなら白足袋は要りません。お稽古は靴下でもできますが、白足袋をおすすめします |
| 次回開催 | 開催日程は下のお申し込みページをご覧ください 和儀お稽古(初心・初級)13:00〜/度會神道講義14:45〜/和儀お稽古(初級〜中級)16:00〜。初級〜中級は習熟度に合わせてお稽古いたしますので、初心・初級を一度受けていただければ、その日のうちでもお進みいただけます。定員が小さいため、お早めにどうぞ 伊勢 世木神社の回は、それぞれ一時間あと(お稽古 初心・初級14:00〜/講義15:45〜/お稽古 初級〜中級17:00〜)。お申し込みはMOSHの中常塾の頁から |
中常塾 能舞台 講義・お稽古
頭で分かることと、身体で知ることは、別のことです。 能舞台という「場の力」の中で、一日かけて学びます。 その体験が、言葉では運べないものを運んできます。
参加を申し込む ▸少人数制のため、定員に達し次第締め切ります
※ ボタンからは外部の申込ページ(MOSH)へ移ります
遠方で岡崎まで足を運べない方へ ── 全国どこからでも学べる
「オンライン私塾 中常塾」の開塾準備がはじまっています。
倭姫命世記 オンライン講義 ── 先行御案内はこちら ▸
ここまで読んでくださったあなたへ ── 毎朝、神代にふれる一節を「中常だより」でお届けします。
受け取るほどに、日々の真ん中に一本の芯が通っていきます。いつでも、そっと離れられます。
折々のことばと、奉納・お稽古のご案内をお送りします。
お名前は、中常だよりの呼びかけにのみ用います。